2022年1月1日。鹿児島県南九州市知覧町の知覧特攻平和会館で古いグランドピアノの演奏会が開かれました。陸軍の特攻隊員1036人の遺影や遺品などを展示する平和会館。戦後77年の年の元日に特攻の聖地で開かれた理由は、ピアノに残された特攻隊員にまつわる物語にありました。
そのピアノは普段、平和会館1階ロビーの片隅に1枚の絵画とともに展示されています。絵画にはピアノを弾く兵士の情景。ピアノはドイツのフッペル社が戦前に製造したもので、国内に数台しかないとされる貴重なものです。
演奏会は希望者を募り、鹿児島県内外から6人が演奏しました。その一人、藤尾清信さん(74)を演奏会の数日前に鹿児島市内の自宅に訪ねました。藤尾さんは戦後間もない頃に生まれ、戦争体験を身近に聞いて育ちました。
「食糧難の頃ですよ。本当に食べるものも少なくて。私の父も南方の方に応召されて、鉄砲の弾の下をくぐってきたという話も聞かされました」。
成人して藤尾さんは長年、音楽教育に携わり、子どもたちに音楽の魅力を伝えてきました。そんな藤尾さんが今回の演奏会に応募した理由は、フッペルのピアノにありました。「あのピアノにまつわるエピソードですよね。『月光の夏』という小説が出版され、同名の映画化もされて、これに非常に感動しました」。
小説「月光の夏」は毛利恒之さんのフィクション小説です。そのモチーフになったフッペルのピアノにまつわる逸話とは、太平洋戦争末期の1945年夏、音楽学校出身の特攻隊員が佐賀県鳥栖市の国民学校を訪れ、フッペルのピアノで決別の曲としてベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」を弾き、その後、出撃していったというものです。
戦争末期の悲劇のエピソードは物語として戦後共有され、平和教育の材料として全国各地で語り継がれています。知覧特攻平和会館のピアノは、この物語に感銘を受けた音楽家が27年前に寄贈したものです。
元日の演奏会、最年少は鹿児島市在住の福原リヒトさん(16)でした。お姉さんの影響で5歳からピアノを始め、高校は音楽科に進学し、休みの日は9時間も練習するなど、音楽家の道を突き進んでいます。
福原さんは応募した理由を「自分が今から死にに行くかもしれないという時、それでも音楽が好きで、ピアノを弾いていたんだというエピソードは、音楽の力はすごいなと思いました」と明かしました。
演奏した曲は、祖国ポーランドに対するショパンの思いが詰まった「バラード第1番」。国のために命をささげることを求められた時代、好きなことを自由に追い求めることがかなわなかった時代、そんな時代を生きた自分と同世代の若者たちに思いをはせました。
演奏後、福原さんは「旅立たれた特攻隊員への思いと平和への願いを込めて弾きました。今でも戦争はあって、争いはなかなかやまないけど、お互いを尊重していくのが平和なんじゃないかな」と語りました。
トリを飾ったのは藤尾さんです。曲は小説「月光の夏」のモチーフで特攻隊員が弾いたとされる、あのベートーヴェンの「月光」ソナタ。月の光が静寂に降り注ぐ情景を思わせる第1楽章、刹那的な印象の第2楽章、そして激しい情念が乱打する第3楽章――。演奏が進むにつれて、藤尾さんの内面が語られるようでした。実は、妻の蝶子さんの叔父は特攻隊員としてフィリピン戦線で命をなくしました。
演奏会場で蝶子さんは「叔父のことを思い出すことができました。20歳だったと母からも、祖母からも聞いています。(月光の調べに)胸に迫ってきました」と語り、「平和で好きなことを続けられるような世の中であってほしい」と思いを新たにしました。
弾き終わった藤尾さんは「最期に思いきりピアノを弾きたいとフッペルのピアノを弾いて飛び立たれて行かれた方々を思うと、やはり本当に平和であってほしいなという思いが一層強くなりました」と語りました。
今年で終戦から77年。時を超えて特攻の地に響いたピアノの音色は、戦争が生む悲しみと平和の尊さを語りかけているようでした(※記事に登場する方々の年齢は2022年1月時点です)。
制作:鹿児島読売テレビ
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