広島と原爆投下

原爆投下から74年、被爆地の放送局である広島テレビは長年に渡って原爆に関する番組を作り続けてきました。そこで、広島テレビの番組「Watch」の中で原爆をテーマにした名作ドキュメンタリーをより多くの人に、長くご覧いただくため、ここで公開いたします。

原爆ドーム100年物語-ヒロシマ・未来への警告-
2015年6月27日放送

広島への原爆投下を象徴する「原爆ドーム」。100年以上前の1915年に完成して、被爆時には「広島県産業奨励館」として西日本有数の大都市である広島を代表する建物でした。
爆心地に近かったにも関わらず、全壊を免れた原爆ドームは向き合う人にとって、数十年も絵に描き続ける対象であり、あるいはその実態と被害の調査を続ける史跡であり、語り部として活動する拠り所でした。戦前を知る人から今も原爆投下を様々に伝え続ける人を取材し、産業奨励館から原爆ドームへの歴史物語を紡いでいきます。

原爆供養塔の聲(こえ)
2018年3月31日放送

広島市の平和公園の一角に立つ「原爆供養塔」。原爆投下から10年後の1955年に建立され、原爆の犠牲者で身元のわからない人を中心に7万人の遺骨が祀られています。その中に名前がわかっている人もあり、1960年代から見つかった遺族に遺骨が引き渡されてきました。その中で親族13人を亡くした佐伯敏子さんは、遺族を探して出して遺骨を渡す取り組みを始め、広島市がそれを受けて全国の自治体にその名簿を発送するようになりました。それでもこの番組が放送された2018年4月には、名前がわかっていて引き取られない814人の方々がいました。この番組は、佐伯さんの過去の映像を交えながら、名前やその住所をもとに懸命に犠牲者と遺族を結ぼうという人々の取り組みを記録したものです。

被爆米兵の故郷へ~オバマとの抱擁から2年~
2018年10月7日放送

2016年、アメリカ大統領としては初めて当時のオバマ大統領が広島を訪問し、広島平和記念公園で原爆死没者に花を手向けてその霊を慰め、「核兵器のない世界」について語りました。この時、オバマ大統領が抱擁したのが被爆者の一人、森重昭さんでした。森さんは、原爆投下時に広島にいて被爆死したアメリカ軍兵士についての調査を長年続けていたのです。森さんは、膨大な資料を集め犠牲になった米兵の名前から、いつどこでどのように亡くなったかまで調べ上げました。その森さんはアメリカを訪問、最年少で亡くなった米軍兵士に墓に手を合わせ、その遺族たちと心を通わせたのでした。

原爆資料館~ヒロシマを遺す~
2019年5月25日放送

原爆投下から10年後に開館した広島の原爆資料館。展示のリニューアルが行われ、2019年4月、本館の改装が終わり全て完了しました。本館が再開すると大勢の見学者が押しかけました。外国人も多くやってきます。
開館から60年以上経ったいまも年間100万人以上が訪れ、2017年には累計での訪問者が7000万を超えました。
数多くの被爆者の遺品や写真は、訪れる人の感性に訴える展示が工夫され、原爆・戦争の本質である破壊・殺戮という不可逆性を伝えています。新しくなった原爆資料館を紹介し、展示への広島の人々の思いを伝えます。

3分でわかる広島の原爆

1945年8月6日午前8時15分、広島へ原爆が投下されました。そのとき何が起きたのか、その後の街はどうなったのか、3分の動画にまとめました。(制作:広島テレビ)

この映像のうち、原爆資料館に関わる映像や画像は無断での利用と転載が禁じられています。

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