2年前、戦争は突然始まった。「死にたくない」。相撲に打ち込むウクライナの高校生はショックと恐怖で何もできなくなった。身長188センチ、体重180キロ。母国代表に選ばれたこともある彼は、出国が禁じられる前にと相撲の国・日本にやってきた。白米は苦手、孤独を感じる日もある。それでも故郷に残した家族の無事を願いながら「強い横綱になって母国を励ましたい」と日々奮闘している。(長崎新聞)
2023年11月半ば。長崎市内にある長崎鶴洋高の相撲場に、色白の体を赤くほてらせながら稽古に励む新入り留学生の姿があった。身長188センチ、体重180キロ。高校1年生のエゴール・チュグン(16)は、他の部員より一回り以上も大きな体で四股を踏む。
「今まではマットの上に土を敷いて、まわしの代わりに柔道の帯をつけて練習していた。やっぱり本場は違う」
東欧から来た少年は、そう言って茶褐色の瞳を輝かせた。
ウクライナは相撲人気が高く、エゴール自身もテレビで日本の大相撲を食い入るように見て育った。5歳から競技を始めると、恵まれた体格を生かして母国代表に選ばれるまで成長。「将来は大関の貴景勝みたいな強い力士になりたい」。そう思い始めたころ、戦争が勃発した。
エゴールが家族4人で暮らしていたミコライウ州は人口50万人に満たない町。だが、国内で2番目に大きい原発があり、ロシアの侵攻が始まった2022年2月24日から戦火におびえる日々が始まった。
その日、エゴールはいつも通り登校した学校で戦争が起きたことを知った。「最初は何が起きたのか分からず、みんなパニック状態」。学校からすぐに帰宅した。
それ以降、多い日では1日に10回以上、空襲警報が聞こえた。日常的にサイレンが鳴るため、相撲の練習どころか、学校に行くことすらままならない日が続いた。
サイレンと共に爆音が聞こえてきたら自宅の地下室に避難し、外が静かならその場でやり過ごす。戦争がすぐ終わるのか、それとも長く続くのか―。先を見通すことはできない。
戦争が起きたこと自体がショックで、最初の1カ月は「死にたくない」「怖い」という気持ちが湧いて何もできなくなった。
それでも開戦2カ月を過ぎてからは筋トレなど自宅でもできることを少しずつ始めた。「死ぬかもしれないと思っていても仕方がない。何かしなきゃ」。家にこもりきりの生活は続いたが、できるだけいつも通りの生活をするよう心がけるようになった。
エゴールは内気で柔和な笑顔が印象的な少年だ。ただ、話題が戦争に及ぶと「ロシアが憎い。正しいのはウクライナの方だから、絶対に勝つ」と強い口調で非難する。
開戦に伴い、ウクライナでは総動員令が出された。原則18~60歳の男性は兵役義務のため出国が禁じられている。「戦争がいつまで続くか分からない。成人になる前に日本に来た方がいい」。九州情報大(福岡)に避難していたウクライナ代表の仲間からそう勧められた。
九州情報大を通じて競技を続けられる環境を探していたところ、避難民としての受け入れを名乗り出たのが長崎鶴洋高だった。言葉の壁がネックだったが、県内在住のキーウ出身者が見つかり通訳を引き受けてくれた。
二つのバッグに最小限の着替えを詰め込んで、ウクライナ南部のミコライウ州から母の運転する車で隣国ポーランドへ。そこから日本へ飛び立った。十数時間飛行機に乗り、長崎空港に降り立ったのは10月25日。16歳の誕生日を迎えてから1週間後だった。
エゴールが日本に避難したことで家族はばらばらに暮らすことになった。両親はミコライウ州に、そして年の離れた兄イルヤさん(34)は兵士として戦場にいる。
親切で陽気ながら公正な性格のイルヤさん。愛国心が強く、開戦翌月には志願して戦地へ赴いた。「もちろん心配。だけど意思が強く粘り強い兄をとても尊敬している」とエゴールは語る。
そんな兄が昨年10月、エゴールを見送るために一度だけ実家に戻った。久々に家族4人で食卓を囲む時間はかけがえのないものだった。
「日本に行くのは正しい判断。立派な力士になると信じている」。イルヤさんはそう言って、エゴールの手を握りしめてくれた。「その言葉を思い出しながら今、日本で頑張っている」。遠い祖国で命の危険と隣り合わせの日々を送る兄の言葉はエゴールを支えている。
長崎空港まで付き添ってくれた母タマラさん(55)も思いは同じ。
「兄は兵役に行ってしまったから、弟だけでも安全な場所に移動できてよかった」と末っ子の幸せを願う。
タマラさんとエゴールは毎晩のようにテレビ電話をしている。学校での出来事や新しく覚えたこと、次の日の予定などを互いに話す。
「いつも一緒にいるのが家族だから。声を聞きたいし、本当は会いたい」
エゴールは高校を卒業するまで、隣接する寮で生活する。慣れない異国での新生活は不安も多い。まだ平仮名とわずかな漢字しか読み書きができず、日本の食べ物にもなじめない。力士の体づくりに欠かせない白米が苦手で、朝食が食べられずに相撲部の仲間に心配されることもある。
寮で過ごす夜は、とても長く感じる。家族にいつ、何が起きるのか。心配は尽きないが、そんな時はお気に入りの日本語を口にするようにしている。
「大丈夫」――。
孤独を感じる時、厳しい練習に弱音を吐きたくなった時、何度も自らに言い聞かせて前向きな気持ちになるように心がけている。
生活面では苦労が尽きないものの、持ち前の明るい性格で相撲部にはすんなりと溶け込んだ。「友達が好き。毎日新しい経験ができるし、楽しい」とはにかむ。
同じ寮に暮らす相撲部の西山瑛太さん(16)は、翻訳機を片手にみんなで積極的に話しかけ、すぐにエゴールと仲良くなった。「エゴールの家族は戦地に行っている。だから少しでも日本での時間を楽しいと思ってほしい」
エゴールの相撲への姿勢に相撲部の髙橋修監督(34)は一目置いているが、「力も柔軟性も全然足りていない」と念を押す。試合に出られるのは今年6月の長崎県高総体から。エゴール自身は「まずは練習についていけるようになって、早くみんなの力になりたい」とやる気は十分だ。
「家族に自分を誇りに思ってほしい。そしていつか、強くなってみんなをサポートできるようになりたい」
戦火の国から来た少年は、母国、家族、そして新たな仲間からの期待を一身に背負って前に進む覚悟を決めている。
「僕には目標がある。だから大丈夫」。そう言って笑顔を見せた。
取材:長崎新聞
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