インパール作戦に参加 衛生隊として遺体を火葬しつづけた父

インパール作戦

15年前に亡くなった父についてです。生前戦争の話をよく聞きました。

履歴

インパール作戦中に衛生隊として遺体の火葬に携わっていた際には、その数が多く、やむを得ず親指だけを切り取って火葬したそうです。また、昼休憩中に隣にいた戦友の頭に椰子の実が直撃し亡くなったことや、トイレに行っている間に部隊が攻撃に遭い、難を逃れたことも聞きました。演芸場で一緒に漫才をした大切な戦友が移動中に馬とともに崖下へ転落してしまったときには、馬の鈴の音がガランガランとだんだん遠くなって涙が止まらなかったと話していました。

ある時、 部隊が山の中を何日も歩いてやっと川のある所に辿り着いた頃には、もう辺りが真っ暗闇。そこでハンゴウでご飯を炊いて食べて、そのままみんな安心したのか寝てしまい、翌朝明るくなってから川を見たらそこらじゅう死体だらけでゾッとしたとも言っていました。

その話を聞いて私は戦争って本当に嫌だと思いました。

父はマラリアにかかって現地に残され、どうせ死ぬならご飯を食べてから死にたいと思ったそうで、何と、食べたら回復して部隊に追いついたそうです。
よく無事に帰れたと思います。

作戦の記録

父の写真

■投稿者
青森県、前田禮子さん

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