1945.6.29
死者数
17人
負傷者数
285人
来襲機の種別および機数
B29機数不明
主な被災地域
壇之浦町、宮田町、阿弥陀寺町、赤間町、唐戸町、東南部町(一部)
被害の状況
壇之浦上空に現れた敵機による焼夷弾攻撃(焼夷弾量60t)
焼失家屋戸数
1,422件(工場、神社、寺院等を含む)
焼失面積
不明
典拠資料
下関市史(市制施行~終戦)
1945.7.2
死者数
307人
負傷者数
774人
来襲機の種別および機数
B29機数不明
主な被災地域
西之端町、南部町、田中町、園田町、観音崎町、岬之町、入江町、丸山町、細江町、豊前田町、東大坪町
被害の状況
敵機による焼夷弾攻撃(焼夷弾量360d)
焼失家屋戸数
8,746件(官公署、学校、病院、工場、神社、寺院等を含む)
焼失面積
1,089,000平方メートル(1945年6月29日分も含む)
典拠資料
下関市史(市制施行~終戦)
1945.4.26
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
不明
主な被災地域
藤山地区
被害の状況
当時の国民学校周辺に爆弾を投下
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
宇部市史
1945.5.14
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
不明
主な被災地域
港町
被害の状況
機銃攻撃
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
宇部市史
1945.7.2
死者数
約160人
負傷者数
約460人
来襲機の種別および機数
B29 112機
主な被災地域
宇部岬~西中町周辺
被害の状況
宇部市中心部の商業地域及び住宅地が目標とみられ、周辺地域に焼夷弾を投下
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
約1.78平方キロメートル
典拠資料
宇部大空襲
1945.7.15
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29 2機
主な被災地域
大字小串周辺
被害の状況
化学工場が目標とみられ、周辺に爆弾を投下
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
宇部大空襲
1945.7.24
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29 72機
主な被災地域
中央町~西中町周辺沿岸部
被害の状況
化学工場が目標とみられ、周辺に爆弾を投下
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
宇部大空襲
1945.7.28
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
不明
主な被災地域
海岸部工場地帯
被害の状況
機銃攻撃及び爆弾投下
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
宇部市史
1945.7.29
死者数
約17人
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29 3機
主な被災地域
港町等、市街地海岸部
被害の状況
海岸部の化学工場が目標とみられ、周辺地域に大型爆弾3発を投下
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
宇部大空襲
1945.8.5
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
不明
主な被災地域
港町、助田上町
被害の状況
爆弾投下
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
宇部市史
1945.7.22又は23
死者数
0
負傷者数
0
来襲機の種別および機数
B29
主な被災地域
嘉川地区
被害の状況
田畑四反被害、堤防決潰2か所
焼失家屋戸数
0
焼失面積
不明
典拠資料
『山口県の空襲 ー警備隊引継書ー』『郷土史 ふるさと嘉川』
1945.8.8
死者数
0
負傷者数
0
来襲機の種別および機数
B29
主な被災地域
平川地区
被害の状況
平川国民学校の講堂及び運動場が機銃掃射を受ける
焼失家屋戸数
0
焼失面積
0
典拠資料
『山口県の空襲 ー警備隊引継書ー』
1945.8.11
死者数
2
負傷者数
3
来襲機の種別および機数
B29、艦上機
主な被災地域
阿知須、秋穂二島、佐山地区
被害の状況
死者2名は学徒動員中の二島国民学校の生徒。家屋全壊が1件。船舶沈没が1件
焼失家屋戸数
0
焼失面積
不明
典拠資料
『山口県の空襲 ー警備隊引継書ー』『佐山地区民の戦争記録 ー語り継ごう 戦中・戦後ー』
不明
死者数
0
負傷者数
0
来襲機の種別および機数
不明
主な被災地域
大歳地区
被害の状況
大歳国民学校五、六年生が機銃掃射を受ける
焼失家屋戸数
0
焼失面積
0
典拠資料
『山口県の空襲 ー警備隊引継書ー』『山口市史 地区篇』
1945.7.24
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
グラマン数機
主な被災地域
大字田島
被害の状況
午前7時に敵機数機が来襲し、主として軍需工場および陸軍防府飛行場(現:航空自衛隊防府北基地)を目標に機銃掃射した。
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
『防府市史』通史3 近代・現代編向島国民学校校務日誌
1945.7.24
死者数
2
負傷者数
3
来襲機の種別および機数
グラマン機十数機
主な被災地域
鐘紡町
被害の状況
鐘淵工業防府工場の第1・第2工場および発電所にロケット弾が投下され、発電所の従業員2人が死亡、3人が重傷。
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
『防府市史』通史3 近代・現代編『鐘紡防府工場五十年史』
1945.7.28
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
小型戦闘機
主な被災地域
向島沖合
被害の状況
向島沖合の船が機銃掃射された。
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
『防府市史』通史3 近代・現代編
1945.8.8
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
不明
主な被災地域
大字田島
被害の状況
防府海軍通信学校(現:航空自衛隊防府南基地)が空襲され、校舎の一部が炎上した。
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
『防府市史』通史3 近代・現代編
1945.5.10
死者数
不明
負傷者数
4人
来襲機の種別および機数
B29 約300機(岩国市から旧徳山市にかけて)
主な被災地域
法蓮寺、上地
被害の状況
市営火葬場付近(法蓮寺)2カ所と、花咲橋上流(上地)1カ所に被弾。
焼失家屋戸数
損壊3戸
焼失面積
不明
典拠資料
下松市史
1945.6.30
死者数
64人
負傷者数
16人
来襲機の種別および機数
B29 30機
主な被災地域
下松市域の工場地帯
被害の状況
日立製作所笠戸工場と日本石油下松製油所、上下恋ヶ浜の2反堤に被弾。ほか、豊井国民学校、道路と鉄道に被害。
焼失家屋戸数
損壊69戸
焼失面積
不明
典拠資料
下松市史
1945.7.15
死者数
57人
負傷者数
36人
来襲機の種別および機数
B29 機数不明(光市から宇部市にかけて)
主な被災地域
下松市域の工場地帯
被害の状況
日本石油下松製油所と日立製作所笠戸工場、洲鼻、高砂町、中島町に被弾。ほか、船舶16隻が損壊、道路と水田が破損。
焼失家屋戸数
損壊72戸(工場以外)
焼失面積
不明
典拠資料
下松市史
1945.7.22
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29 42機(下松市から旧山陽町にかけて)
主な被災地域
下松市域の工場地帯、荒神
被害の状況
市内東部の工場と、荒神川鉄橋付近に被弾。
焼失家屋戸数
損壊3戸(工場以外)
焼失面積
不明
典拠資料
下松市史
1945.7.25
死者数
2人
負傷者数
9人
来襲機の種別および機数
艦載機 100機(岩国市から下松市にかけて)
主な被災地域
江の浦
被害の状況
笠戸船渠笠戸造船所と江の浦が、小型ロケット弾攻撃と機銃掃射による被弾。
焼失家屋戸数
損壊11戸(工場以外)
焼失面積
不明
典拠資料
下松市史
1945.7.28
死者数
3人
負傷者数
9人
来襲機の種別および機数
小型機と大型機 機種・機数不明(岩国市から旧豊東村にかけて)
主な被災地域
江の浦
被害の状況
笠戸船渠笠戸造船所と江の浦が、小型爆弾攻撃と機銃掃射による被弾。ほか、田畑が損壊。
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
下松市史
1945.5.10
死者数
104
負傷者数
20
来襲機の種別および機数
不明
主な被災地域
装束町
被害の状況
陸軍燃料廠
焼失家屋戸数
45
焼失面積
不明
典拠資料
岩国市史
1945.7.24
死者数
29
負傷者数
5
来襲機の種別および機数
不明
主な被災地域
端島・黒島
被害の状況
端島・黒島
焼失家屋戸数
9
焼失面積
不明
典拠資料
岩国市史
1945.7.28、8.9
死者数
46
負傷者数
67
来襲機の種別および機数
不明
主な被災地域
三角町
被害の状況
海軍航空隊
焼失家屋戸数
31
焼失面積
不明
典拠資料
岩国市史
1945.8.14
死者数
517
負傷者数
859
来襲機の種別および機数
B29
主な被災地域
麻里布町
被害の状況
岩国駅を中心とした地域への空襲であり、岩国駅・東国民学校・岩国郵便局等が被害を受けた
焼失家屋戸数
886
焼失面積
不明
典拠資料
岩国市史
1945.8.14
死者数
738
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29 約150機
主な被災地域
光市
被害の状況
光市の光海軍工廠が標的とみられ、工廠内の諸施設をめがけて爆弾を投下
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
光市史
1945.5.10
死者数
五百数十名
負傷者数
1,000名
来襲機の種別および機数
B29 約80機
主な被災地域
徳山湾一帯
被害の状況
第三海軍燃料廠、大浦油槽所、徳山鉄板工場の一部などを爆撃(燃料廠の全機能破壊、大浦油槽所炎上)
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
徳山市史
1945.7.26
死者数
482人
負傷者数
469人
来襲機の種別および機数
B29 延べ100余機
主な被災地域
徳山市街地一帯
被害の状況
市役所をはじめとする公共施設、銀行等の会社、工場など市街地の約90%が焼野原と化した。
焼失家屋戸数
4,622戸
焼失面積
108万坪
典拠資料
徳山市史戦災復興誌(建設省編・都市計画協会発行)
1945.7.22
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29
主な被災地域
厚狭郡厚狭町
被害の状況
堤防決潰 1カ所
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
『小野田市史 通史』(1990年) 『厚狭作業所史』日本化薬株式会社 『山口県の空襲―警備隊引継書―』 井上実智夫著(2012年)
1945.7.22
死者数
3人
負傷者数
7人
来襲機の種別および機数
B29
主な被災地域
小野田市浜
被害の状況
不明
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
『小野田市史 通史』(1990年) 『厚狭作業所史』日本化薬株式会社 『山口県の空襲―警備隊引継書―』 井上実智夫著(2012年)
1945.7.28
死者数
2人
負傷者数
5人
来襲機の種別および機数
種別不明 小型爆弾 機銃掃射
主な被災地域
小野田市 竜王山付近
被害の状況
不明
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
『小野田市史 通史』(1990年) 『厚狭作業所史』日本化薬株式会社 『山口県の空襲―警備隊引継書―』 井上実智夫著(2012年)