1945.8.5
死者数
535名
負傷者数
600名
来襲機の種別および機数
B29小型爆撃機92機
主な被災地域
市内中心部
被害の状況
8月5日の午後10時30分、4カ所に投下された照明弾で前橋空襲が始まり、続いて岩神町に焼夷弾が投下され、県立第一工業学校と共愛学園が炎上した。こうして、市内中心部に爆撃が開始され、空襲はそれから1時間15分にわたり続いた。
焼失家屋戸数
11,000戸
焼失面積
2,657平方キロメートル
典拠資料
戦災と復興 (編集 前橋市戦災復興誌編集委員会 発行 昭和39(1964)年3月31日)
1945.7.10
死者数
7人
負傷者数
13人
来襲機の種別および機数
艦載機
主な被災地域
北通町・田町・羅漢町など
被害の状況
機銃掃射
焼失家屋戸数
3戸
焼失面積
不明
典拠資料
「新編高崎市史」通史編4
1945.7.29
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29
主な被災地域
市内中心部
被害の状況
不明
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
「新編高崎市史」通史編4
1945.7.30
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29艦載機
主な被災地域
市内・郊外
被害の状況
機銃掃射
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
「新編高崎市史」通史編4
1945.7.31
死者数
不明
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29
主な被災地域
38部隊(連隊)
被害の状況
爆弾投下説(「群馬県復員援護史」)があるが確認できず
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
「新編高崎市史」通史編4
1945.8.5
死者数
6人
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29 92機
主な被災地域
日高・貝沢・末広町・請地町・成田町・台町・住吉町・上並榎・萩原
被害の状況
不明
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
「新編高崎市史」通史編4
1945.8.15
死者数
8人
負傷者数
10人
来襲機の種別および機数
B29 10機
主な被災地域
宮本町・鞘町・連雀町・通町など市中心部、請地町・末広町・旭町・東町など周辺地域、貝沢・飯塚・江木・下佐野・岩鼻・滝川・倉賀野・新高尾・中川など郊外地区
被害の状況
不明
焼失家屋戸数
701戸
焼失面積
不明
典拠資料
「新編高崎市史」通史編4
1945.7.18
死者数
1人
負傷者数
0人
来襲機の種別および機数
艦載機 種別及び機数不明
主な被災地域
桐生市末広町
被害の状況
艦載機の爆撃と機銃掃射により、男性1名死亡、住宅損害
焼失家屋戸数
なし
焼失面積
なし
典拠資料
・群馬県戦災誌(1989年3月みやま文庫発行)・上毛新聞(1945年7月20日、21日)
1945.8.14~15
死者数
40人
負傷者数
165人
来襲機の種別および機数
種別不明84機B29約30機とも
主な被災地域
市街地および旧三郷村、旧名和村、旧宮郷村
被害の状況
中島飛行機の関連工場と住宅地を狙った戦略的爆撃とみられ、密集市街地と周辺村に対し焼夷弾による絨毯爆撃が行われた。
焼失家屋戸数
2,119戸
焼失面積
約0.4平方キロメートル
典拠資料
伊勢崎市史 通史編3