1945.7.19
死者数
1,684人(重傷後死亡者108人を含む)
負傷者数
重傷者 1,210人 軽傷者 5,209人
来襲機の種別および機数
B29 127機
主な被災地域
市街全域(橋南の一部を除く)
被害の状況
95の著名な事業所(航空機部品、電気装置、機械モーター、種々の金属製品及び繊維製品)があり、工業の破壊、鉄道輸送を混乱させることを目的にM69集束焼夷弾などを投下
焼失家屋戸数
21,992戸
焼失面積
不明(被災面積約180万坪)
典拠資料
福井市史
1945.7.12
死者数
109
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29 約100機(敦賀来襲は、この内の一部編隊)
主な被災地域
東郷地区(井川・深山寺・高野・田尻)東浦地区(五幡・赤崎・田結)市街地(川東地区・川中地区)
被害の状況
若狭湾へ機雷投下東郷・東浦地区等を爆撃(東郷(咸新小学校・新善光寺・高福寺・民家7戸 延焼)、東浦(赤崎小学校・一部民家 全半焼)、磐城セメント工場)全市を焼夷弾攻撃(市街地約8割が被災)
焼失家屋戸数
4119
焼失面積
被災面積約21万5千坪(710,000平方メートル)
典拠資料
・敦賀市史・敦賀の歴史
1945.7.30
死者数
15
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
F6F 機数不明F4U 機数不明
主な被災地域
南地区松原・川崎海岸地帯
被害の状況
南地区(敦賀駅・東洋紡績工場周辺)、松原・川崎海岸地帯、停泊中の船舶等へ機銃掃射、小型爆弾投下
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
・敦賀市史※市史記載の来襲機種は、後に公表された資料により誤りと判明 (誤 P47 6機)・敦賀の歴史
1945.8.8
死者数
33
負傷者数
不明
来襲機の種別および機数
B29 単機
主な被災地域
東洋紡績工場
被害の状況
東洋紡績工場へ爆弾(模擬原爆)投下死者33人(工員15名、動員学徒16名、引率教員2名)
焼失家屋戸数
不明
焼失面積
不明
典拠資料
・敦賀市史・敦賀の歴史